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2014年11月21日 (金)

武州高麗郷逍遥(12)

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平安末期、三井寺の僧の導きで、天台宗系の修験道(本山派)に、

改宗した高麗家だったが、鎌倉期に入ると、

源氏と縁戚関係(頼朝の異母弟、阿野全成の孫娘)を、

結ぶことによって、鎌倉御家人になる道を選ぶ。

高麗人以外では、初めての縁組だったと云われている。

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南北朝期では、高麗家は、屡、南朝方に与し、

所領を悉く失って、流浪する憂き目に遭う。

やっとのことで、足利方に赦され、本領を回復するが、

爾来、家訓により、参陣(参戦)を禁じ、

専ら、修験道を奉じて、別当職を務める家となった。

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さて、山門から、二段上がった中腹に本堂が立つ。

ちょうど、高麗郷全体が見渡せる「勝地」だった。

(捨身 Canon G1X)

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