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2014年12月17日 (水)

鎌倉大町界隈 (11)

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常栄寺からやや下り、大町の核心部と云うべき「八雲社」に至る。
明治の神仏分離以前は「祇園天王社」(大町祇園社)であった。
牛頭天王(現在は須佐之命)を祀り、疫病神、怨霊を鎮める社だ。
もとより、中世世界の都市的な場では、必須の宗教装置である。
古く平安の永保年間(1081~84)兄、源義家を助けるため、
奥州へ下った新羅三郎義光が、鎌倉を通った際、
悪疫の流行を見て、京都の祇園社(八坂神社)を勧請したのが、
起源と伝わる。
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そう、祇園と云えば、祇園御霊会(祇園祭)だ。
大町祇園社でも、「鎌倉祇園会」と呼ばれ、
遅くとも鎌倉後期には始まり、室町中期から戦国期にかけて、
最盛期を迎えたと考えられている。
京都の祇園会と、並び称されるほどの祭りだったらしい。
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一寸、往時の様子を想い廻らしてみよう。
(捨身 Canon G1X)

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