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2014年12月18日 (木)

鎌倉大町界隈 (12)

B14121701

現在の「大町祇園社」の社殿は、実にこぢんまりとして、

悪くない風情なのだが、往時は、もっと立派だったはずだ。

旧暦の六月七日から十四日は「鎌倉祇園会」であった。

各町から「船鉾」が出て、鎌倉府内を巡行し、六浦道を辿って、

鎌倉公方御所(浄妙寺付近)まで至ったと、室町期の記録にある。

御所では、六浦道に面した築地上に桟敷を設け、

公方夫妻の高覧に供するのが恒例だったようだ。

これは、おそらく、京都で行われる祇園会を強く意識したもので、

中世世界で守られた、吉例の踏襲、或いは見立てでもあったろう。

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だが「鎌倉祇園会」の記録は、この程度で極めて少なく、

吾妻鏡などの「公式記録」では、一行も触れらていない。

あくまでも、武家にとっての鎌倉の祭りは、八月十五日に、

鶴岡八幡宮寺で行われる「放生会」(ほうじょうえ)だった。

本来「鎌倉祇園会」は、町方が主役の祭りなのである。

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「船鉾」巡行は、江戸期までは続いていたらしい。

近代に入って、鎌倉市内に電線が張り巡らされるに及んで、

大型の鉾は影を潜めてしまったと云う。

境内には、今も夏祭りに出る神輿が四基、展示されており、

いずれも古様で、中世へ遡る可能性がある。

(捨身 Canon G1X)

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