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2014年12月19日 (金)

鎌倉大町界隈 (13)

B14121801

現存する、大町祇園社の四基の神輿には、
所謂、祇園三神=「素戔嗚」(主神)「稲田姫」(妻)「八王子」(子)に、
加えて、「佐竹天王」と呼ばれる、異形の神が祀られた。
「佐竹天王」とは、一体どんな神なのか。
比企氏の乱(1203)より二百年余り後、この谷戸で再び悲劇が起る。
応永二十九年(1422)鎌倉公方・足利持氏の重臣、佐竹入道常元、
(与義=ともよし)が、祗園社に程近い館で、公方の夜討ちを受け、
自害したのだ。事件の後、彼の怨霊が猛威を振るい、大町から、
鎌倉中へ悪疫が広がって、過半の人々が死に失せたと云う。
B14121802
当時、大町界隈は、既に町屋が立ち並ぶ、繁華な町場であった。
町方の多くの人々が、夜討ちを身近に目撃したのであろう。
疫病を齎した、怨霊の恐ろしさは切実だった。
「佐竹天王」=佐竹入道の御霊が、最寄りの大町祗園社に、
合祀された背景には、そんな事情があったわけだ。
B14121803
ここで、奇妙な暗合がある。
佐竹氏は源氏の名門、なんと先祖は、ここ大町祗園社を勧請した、
新羅三郎義光、その人と云うことになっているのだ。
二つの伝承が、表裏で深く絡み合っているとしか謂いようがない。
(捨身 Canon G1X)

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