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2014年12月25日 (木)

鎌倉大町界隈 (19)

B14122401

中世世界の、鎌倉の「町屋」の様子が具体的に判る、
絵画史料は殆ど残っていない。
やはり、頼りになるのは「一遍聖絵」だ。
山内路の木戸から、鎌倉入りを果たそうとする、
一遍一行の姿を描いた場面の背景(上掲)に、
大路沿いの、粗末な家並みが観える。
店舗や工房と、住居を兼ねた家屋のようだから、吾妻鏡に云う、
「町屋」とは、このような建造物を指すのではないか。
発掘調査では、多数の掘立柱痕と、地面を浅く掘り下げた、
床面を持つ建物跡が、何層も重なるように見つかっている。
「方形竪穴建築址」と呼ぶらしいが、「町屋」と捉えていいだろう。
「竪穴」といっても、低い床板が張られ、囲炉裏が切ってある。
壁板は地面に直接埋め込まれ、掘っ立て柱を補強する構造だ。
上掲の「一遍聖絵」でも、それっぽい壁面が見て取れよう。
各々の敷地は、道に面して間口5~6m、奥行きは15mと、
典型的な短冊形になっており、現存の近世町屋とよく似ている。
こんな感じの小さな「町屋」が、大路に挟まれた狭い場所に、
犇めく様に密集する光景が目に浮かぶ。ある意味、スラムであろう。
もとより、屋内にトイレはない。路上へ不法に(屡、禁令が出た)
せり出して設置したり、或いは、大路の片隅(餓鬼草紙に出てくる)
だったりである。疫病が流行ったら、ひとたまりもあるまい。
「大町祇園社」の祇園御霊会が、偏に恃まれた所以なのだ。
B14122402
さて、小町大路を進む。
信号が観えるところが「大町四ツ角」だ。
右の製麺店の看板に、旧住所表記で「大町辻」と読めるので、
「辻町」辺りに、やって来たわけだ。
B14122403
昭和の「町屋風」家屋と云った風情か。
(捨身 Canon G1X)

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