« 鎌倉大町界隈 (20) | トップページ | 鎌倉大町界隈 (22) »

2014年12月27日 (土)

鎌倉大町界隈 (21)

B14122601

「辻の薬師堂」前から、小町大路を「大町四ツ角」まで戻る。
昭和の町屋風建築が目に付くが、
いずれ、消え去る運命にあるのだろう。
歴史上、庶民の住宅が残る例は稀である。
先頃も、東京の本郷で明治期の三階建て下宿館が取り壊された。
もとより、権力者側の立派な城郭や御殿、寺社ばかりが、
「遺産」なのではない。
滅び去り、或いは故意に消し去られてしまった、
圧倒的大多数の、民衆の「遺産」を見落とさず、
ほんの僅かな痕跡からでも、拾い上げることが、
筆者の「探索」の理想とするところなのだ。
B14122602
「大町四ツ角」を右折、大町大路を名越方面へ進む。
「傘町」(からかさまち)の辺りか。
中世世界の町屋は、既述のように、疫病の巣だったわけだが、
所謂「木密」(木造住宅密集地域)でもあり、災害に脆弱だった。
吾妻鏡にも、度重なる鎌倉の大火の記述が出てくる。
発掘調査では、火災や地震の液状化の痕跡(津波も)ばかりか、
その度に、何度も建て直そうとした様子も確認出来るそうだ。
焼跡に、取る物も取り敢えず、
立ち上がる人々の姿を想い浮かべてみる。
B14122603
大町大路沿いの空き地。
裏庭の古井戸だけが残っていた。
実際、これとそっくりな感じで発掘された、
七百年前の町屋跡があったようだ。
(捨身 Canon G1X)

|

« 鎌倉大町界隈 (20) | トップページ | 鎌倉大町界隈 (22) »

歴史(中世史)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 鎌倉大町界隈 (20) | トップページ | 鎌倉大町界隈 (22) »