« 鎌倉大町界隈 (22) | トップページ | 鎌倉大町界隈 (24) »

2014年12月29日 (月)

鎌倉大町界隈 (23)

B14122801

大町の東端へ近づいている。
「祇園山・安養院」を観て、踵を返すとしよう。
日蓮宗、時宗と来て、浄土宗寺院である。
中世世界の大町は、絵に描いた京都の雛形のような、
都市的な場だったわけだ。
「安養院」とは、北条政子の法名を採ったと云う。
長谷に在った律宗寺院と、当地の浄土宗寺院が、
鎌倉末期に一緒になり、併せて、比企ヶ谷の観音堂の、
千手観音が祀られ、今の形になったようだ。
「浄土宗名越派」と刻した、大きな石柱が門前に立っている。
B14122802
境内に入ると、まず、姿のいい「槇」(高野槇)の古木へ目が往く。
樹齢七百年以上と云うから、もとより、中世人が植えたものだろう。
「槇」は、古代に於いては棺材、耐水性の強さもあって、
船材、桶材などに使われた。此処に植えられた意味合いも、
水との縁に由るのだろうか。富士吉田の御師屋敷でも逢ったな。
B14122803
門前より、小坪方向、名越の切通し辺りを望む。
よく晴れた初冬の空、切通し上の斎場の煙突に、
煙が棚引くのがよく観えた。
考えてみれば、名越は、鎌倉の東の境界、
中世以来続く、葬送地なのだった。
(捨身 Canon G1X)

|

« 鎌倉大町界隈 (22) | トップページ | 鎌倉大町界隈 (24) »

歴史(中世史)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 鎌倉大町界隈 (22) | トップページ | 鎌倉大町界隈 (24) »