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2015年1月13日 (火)

青梅の観音へ参る(10)

B15011201

塩船観音寺は、奥多摩渓谷の入り口、
多摩川上流北岸の、段丘上に位置していた。
眼前を、甲州道中の裏街道だった青梅街道が通り、
さらに入間、飯能方面へ向かう、成木街道の分岐がある。
これらの街道は、近世に開かれたことになっているが、
道筋が中世世界に遡るのは、確実だと想う。
戦国期に「古青梅街道」と云うべき道を辿って、
甲州や秩父との往き来があったことが、文献で窺えるからだ。
つまり、当地は奥多摩秩父山塊から、平野への出口でもあり、
要地であったと考えられる。
塩船観音寺の至近、南西凡そ1㎞のところに、
三田一族の本拠地「勝沼城」があった。
城から観れば、違わず鬼門の方角である。
そん訳で、一旦寺を出て、周辺を探索してみることした。
B15011202
日をあらため、隣駅のJR東青梅を起点と決める。
まず「勝沼城」の周りから攻めるか。
塩船観音寺の真西、城よりは北西、
こちらも、ほぼ1㎞の「天寧寺」だ。
この際、例の梵鐘の銘文を確認して置くに如かずであろう。
鄙びた谷間の集落を過ぎ、丘陵地を只管歩行する。
B15011203
谷戸奥へ往き当たると、広大な寺院が現れた。
(捨身 Canon G1X)

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