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2015年1月19日 (月)

青梅の観音へ参る(16)

B15011801

竹藪と植林の中を登る。
彼方此方に、平場や窪地のようなところが目立つが、
何らかの城郭施設の跡だろうか。
B15011802
両側の平場が曲輪跡で、間の窪みが空堀のようだ。
B15011803
土塁状の上に、標識が立つ。
こうやって観ると、連郭式の典型的な戦国期の山城なのだが、
既述の如く、本来は、土塁空堀一重の中世居館だったと想う。
永禄四~六年(1561~63)頃か、三田一族は、当地を、
退去せざるを得ない状況に陥り、ほどなく滅亡、
その後、小田原北条氏の家臣、師岡氏が入って、
拡張整備したためと考えられる。三田時代の舘跡は、
さらに下に埋もれている可能性があるが、
本格的な発掘調査は行われていないらしい。
B15011804
ご覧のように、現状は麓の寺の墓地で占められる。
でも、この眺望で、中世居館に理想的なのがよく判る。
畑地の向こうの家並みが、現代と近世の青梅街道の辺りだ。
今辿ってきた「城山通り」は、眼前の家並みに沿う。
場所的には、中世世界の古青梅街道が通るに相応しい。
お約束通り、宿や市庭が在っても、おかしくないだろう。
(捨身 Canon G1X)

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