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2015年1月20日 (火)

青梅の観音へ参る(17)

B15011901

舘の東側を確認したく、勝沼城跡を降り、
城山通りを、もう一寸先へ進む。
丘陵突端の裏(北東)は、ご覧のような谷戸で、
谷戸奥は市営の公園になっており、水源地があるようだ。
舘にとって、大事な立地条件の一つには違いない。
筆者は、中世城館跡を探索する際は、大まかな地形はもとより、
必ず、周囲に位置する、主要な寺社、河川、古道、
古字名(宿や市庭跡の可能性がある)を把握するようにしている。
城館本体の、縄張り、本丸、大手口などの推定よりも、
(重要でないとは謂わないが)城館を頂点として、
宗教施設、河川、街道、宿、市庭によって、有機的に構成され、
完結する、中世世界の「小宇宙」と云うべき空間を、
イメージするほうが、遙かに重要だと考えるからだ。
B15011902
舘の東側には、まず、曹洞宗の禅寺、宗泉寺がある。
室町期の関東で、京都に対抗して使われた私年号、
「福徳二年」(1490)を刻んだ、珍しい板碑を所蔵しているそうだ。
三田一族との関りもあり得るだろうか。
B15011903
さて、この寺を東端として、踵を返し、
今度は、勝沼城跡の南西側を探索してみようと想う。
B15011904
成木街道を青梅街道の分岐まで戻り、JR青梅線の踏切に至る。
(捨身 Canon G1X)

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