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2015年1月22日 (木)

青梅の観音へ参る(19)

B15012101

乗願寺の建つ場所も、多摩川上流北岸の丘陵上で眺望がいい。
山門直下をJR青梅線が走り、小さな踏切を渡れば、旧青梅街道だ。
道なりに右へ進むと、直ぐ近世の青梅宿に入る。
実は二年前、御岳山を探索した際に、電車からこの寺を観て、
只ならぬ風情が、気になっていたのだった。
廻り道ながら、こうして往き着くとは、
「想い自ずから成る」と云うわけで、年初早々幸先が悪くない。
B15012102
加えて、青梅では数少ない時宗寺である。
鎌倉後期の正安二年(1300)三田一族の当主、下総守長綱が、
一遍の後続者、他阿真教を迎えて、開山したと伝わる。
他阿真教は、相模・当麻宿の無量光寺を開いたが、
三年前、彼の墓所を探索していたのも、重なる「縁」であろうか。
興味深いのは、時宗総本山・藤沢・清浄光寺(遊行寺)ではなく、
時宗当麻派・無量光寺の末寺になっていることだ。
鎌倉末期、法統問題の確執で、当麻宿の無量光寺から、
藤沢の遊行寺が別れる。戦国期には、藤沢は小田原北条氏と、
対立して全山焼亡、江戸期に入るまでのほぼ百年間、
当麻宿が時宗の事実上の本山であった。
この寺の現状は、中世世界の時宗の宗派事情を、
そのまま反映しているとも、謂えなくもない。
B15012103
いずれしても、乗願寺は、大檀那、三田氏の力もあり、
大いに栄えたのであろう。勝沼館の裏鬼門を阿弥陀仏で守り、
一族の人々の、極楽往生の願いを引き受けたのだ。
(捨身 Canon G1X)

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