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2015年1月23日 (金)

青梅の観音へ参る(20)

B15012204

一寸、話が込み入ってきた観が無きにしもあらずなので、
参考地図などを掲げて、閑話休題としたい。
まず、JR青梅駅と近世青梅宿を中心とした広域図を示す。
山地と平野が色分けされているから判り易いと思う。
奥多摩の渓谷を流れ下る多摩川(左上から右下へ)が、
いよいよ、武蔵の平野部へ出る辺りだ。
右上中程から平野と山地の境に沿って、塩船観音寺、
勝沼城址と斜めに下って、真中の近世青梅宿へ至る。
重要なのは、右方中央よりくる、青梅街道が勝沼城の手前で、
(JR東青梅駅付近)右下から多摩川沿いに上がってくる道、
(現奥多摩街道だが、往古は武蔵国府・府中道か)と合流し、
直ぐに北上する成木街道と分岐することだ。
いずれも現代の要路だけれど、中世世界でもほぼ重なる、
道筋があったと想定しても、大きな不都合はないのではないか。
(鎌倉道と伝わる古道もあるらしいが、ここでは敢て触れぬ)
三つの重要な街道と多摩川が狭い渓谷の入り口に集中する。
それらを北側の南面する高見から、常時監視出来る位置が、
勝沼城なのである。
次に勝沼城周辺を拡大した概念図を掲げよう。
B15012201
勝沼城跡を廻る赤字のスポットは探索ルート上にあった。
右上の塩船観音、勝沼城跡、乗願寺と、
(師岡神社は、三田一族の落去後、師岡氏が祀る)
綺麗に一直線上に並ぶのがよく判るであろう。
残る問題は、中世の宿と市庭が在った場所だろうか。
B15012205
乗願寺前の踏切。
路地を着突き抜ければ、近世青梅街道だ。
(捨身 Canon G1X)

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コメント

ここにきてやっとかんすけさんの探索の意図がおぼろげながらわかった次第です(遅い)網野さんの著書を読んだだけでは理解していないということも(苦笑)。現地で歩き、推理することでことで中世の世界を現出させるというのはすごいですね。

投稿: tae | 2015年1月23日 (金) 02時05分

「現地で歩き・・・」おっしゃる通りです。最新ブログも読ませていただきました。歴史好きにも入らない部類ですので、もっと俯瞰的な視野、思考を培わなくてはと反省しました

投稿: 糸でんわ | 2015年1月23日 (金) 09時44分

taeさま
いえ、実情は全くの手さぐり状態なのですよ。只中世世界の実像に出来るだけ近づきたいと謂う、願いと想いだけを頼りに、彼方此方を彷徨い歩いているわけです。時には、躓き、よろめきながら…

投稿: kansuke | 2015年1月23日 (金) 22時53分

糸でんわさま。
率直で、直感的な疑問も大事にして下さい。
それと、一見、矛盾するようですが、
鳥の目(俯瞰)と同時に、虫の目も…

投稿: kansuke | 2015年1月23日 (金) 23時01分

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