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2015年1月26日 (月)

青梅の観音へ参る(22)

B15012501

近世の青梅宿の辺りを示した概念図を掲げた。
前々回で示した勝沼城周辺図の直ぐ左側へ繋がる。
旧青梅街道とは、近世の青梅街道のこと。
現状は二車線の舗装道路だが、
ほぼ、かつての道筋と重なっているようだ。
もとより眼目は、中世の宿と市庭の在処を求めて、
彷徨うことなんだけれど、まずは手掛かりとして、
近世の青梅宿を、探索してみようか。
でも、何か縁となる痕跡を見つけたら、折に触れて、
中世世界へ想いを馳せると謂うわけだ。
因みに現在位置は、上図で旧青梅街の右端(東端)になる。
B15012502
角を曲がって、旧青梅街道へ入ろうとしたら、
往き成り、こんな看板が目に留まった。
鍛冶は、宿に無くてはならぬ存在だ。
近隣の杣人、農人、市庭に出入りする職人たちの、
命の綱である道具類を製し、メンテを引き受ける。
謂わば基盤産業だった。
鍛冶の仕事場は、宿の外れに位置することが多いから、
此処はまだ、宿の結界の外だろうか。
B15012504
旧青梅街道を西へ進む。
もう一寸往けば、結界を示す、
何らかの痕跡が見つかるかもしれない。
(捨身 Canon G1X)

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