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2015年1月29日 (木)

青梅の観音へ参る(25)

B15012801

住吉社前を過ぎると、街道沿いは賑わいが出てくる。
昭和の商店街の風情だ。
住吉社頭は、近世青梅宿の中心であったようだ。
「笹ノ門」(ささのもん)とも呼ばれたから、
直前の「筋替」が終わった辺りに、
青竹で「竹矢来」(たけやらい)が組まれ、
「木戸」が設置されていたのかもしれぬ。
高札場も在り、時には、滅多なことではなかったろうが、
梟首(きょうしゅ=さらしくび)が行われたらしい。
元文四年(1739)十月、青梅宿の西外れに棲む、
「裏宿の七兵衛」と云う者が、盗賊の咎で首を晒された。
彼は日が暮れると、立川、八王子、秩父、甲府に至るまで、
遠征して盗みを働き、翌朝には戻って、
何食わぬ顔で畑仕事をこなすほどの健脚だったと伝わる。
もうすぐ開催される「青梅マラソン」にも因み、
七兵衛は今も、青梅の一寸したヒーローになっている。
実は、この物語を聞いて、筆者には、
別のイメージが広がって来るのを抑えられなかった。
追々と語って往こう。
B15012802
さて、宿の南側も観たくなったので、緩やかな坂道を下り、
多摩川べりまで歩いてみた。
郷土博物館も橋を渡ったところにある。
B15012803
宿の深部に分け入ったと実感するような、
町屋と彼方此方で出会した。
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冬の日差しに輝く多摩川。
往時は、木材を流す筏で溢れていたのだろうか。
(捨身 Canon G1X)

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