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2015年2月12日 (木)

青梅の観音へ参る(39)

B15021005

「鎧塚明神」に手向けられていたのは、
地元の銘酒「澤乃井」だった。
さて、塚を下って、隣駅の二俣尾へ向かおう。
目指すのは、三田一族の菩提寺である。
B15021101
「辛垣城」の落城後、当主・三田綱秀は落ち延びる。
予て案内(あない)知る、山中の「杣道」を辿ったのだろうか。
北条勢も、寝返った三田家中の「杣の者」や、
山伏を捜索に動員したはずだが、容易に補足出来なかった。
さすがに山慣れた足取り、それと、何と云っても、
かつての主君だ。サボタージュもあったかもしれぬ。
綱秀らは、背後の山塊を伝い、飯能、高麗方面へ抜けて、
武蔵国では唯一の味方、岩槻城(現さいたま市岩槻区)の、
太田資正を頼ったようだ。
従ったのは僅かな供廻りと、乗願寺の時衆だけであったろう。
B15021102
JR二俣尾駅に着いた。
菩提寺の「海禅寺」へは、左手の線路沿いを進む。
位置的には「辛垣城」南側の麓辺りだ。
B15021103
門前が観えてきた。
ここも、立派な曹洞宗の禅寺のようだ。
(捨身 Canon G1X)

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