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2015年3月10日 (火)

足柄山中の天狗棲む寺へ(11)

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もう一寸だ。
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「冠木門」と小堂が観えて来た。
B15031003
「奥之院」に至る。
おっと、左右の提灯に「十一面観世音」とある。
そうか「道了大権現」の「本地」とは、このことなのか。
明治三十六年刊「妙覚道了大薩埵御縁起」はこう記す。
…明治維新に際し「両部」(仏神混淆と修験道)が禁止され、
 「権現」号を改め「大薩埵」(だいさった)とした。
 即ち「天部菩薩」の位へ着かれたので、
 尊像の両翼が肩先から落ちると云う奇瑞が起った。
 人々は「お羽根落ちの道了さま」と呼んで尊崇した。
 最乗寺でも、この御姿を印刻して授与したので、
 大事に護持する者が多い…
こうして「道了大権現」は「観音」の「応化身」となったが、
「権現」を称したのも、戦国期以降のようだし、
もとより、この話自体、新しいものだ。
でも、既に「観音」と結び付けられるヒントはあったと想われる。
例えば、静岡・浜松の「秋葉権現」は、明治の神仏分離で、
現状の「秋葉神社」と別寺の「可睡斎」に別れるまで、
最乗寺と同様、曹洞宗が管掌していた。
しかも尊容は「道了大権現」と酷似した、剣と羂索を持ち、
白狐に乗る烏天狗である。「本地」も「観音」とされ、
抑々元を辿れば「三尺坊」と云う山伏だったのだ。
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(捨身 Canon G1X)

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