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2015年3月13日 (金)

足柄山中の天狗棲む寺へ(12)

B15031201

人(山伏)が、生きながら「天狗」と化し(天狗道へ堕し)
さらに「観音」の「応化身」(天上界)へ上昇する。
同様な霊験譚が、当地の「道了大権現」のみならず、
「秋葉権現」にも見出されるわけだが、
一体これを、どう解釈したらいいのか。
中世世界では「天狗」を祀ることは、忌み畏れられていた。
秘密の呪詛の類として、外法(外道)とされ、禁忌でもあったろう。
でも、その「法力」の「強力さ」が故に、
やがて人々を惹きつけるに至り、現世利益を望む者は、
積極的に「天狗」を祀るようになって往く。
「法力」が善き方へ向かえば、即ち「観音力」と解され、
「観音」の「応化身」と変じても、不思議ではないのである。
やはり、中世後期の何処かで、
ある種の価値変換が起ったのかもしれぬ。
B15031101
「道了大権現」(大薩埵)の尊容を掲げてみた。
「お羽根落ちの道了さま」と呼ばれるものだろう。
あらためて観ると、
「飯綱権現」にも、酷似していることに驚かされる。
B15031202
(捨身 Canon G1X)

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