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2015年3月16日 (月)

足柄道を辿る(2)

B15031501

宿の裏側へ入って、テニスコート脇に表示を見つける。
ブロック塀と生垣に挟まれた狭い路地を進むと、
B15031502
先程の用水が流れ、傍らに五輪塔の残欠が置いてあった。
「お君塚」(おきみづか)だ。
B15031503
「火輪」と「風輪」「空輪」の部分だけである。
小さな五輪塔だが、中世後期のものと観た。
関本宿に集住した遊女(あそびめ)の墓と伝えるが、
「お君」とは「遊君」(ゆうくん=遊女の別称)からきた呼び名だろう。
中世世界の橋本宿は、美濃の青墓宿や諸国の宿々のように、
遊女で賑わったと云われる。
鎌倉中期の紀行文「海道記」はこう記す。
…関本の宿を過ぐれば、宅を双ぶる住民は人を宿して、
 主とし、窓にうたふ君女(遊君)は客を留めて夫とす…
B15031504
用水の向こう側は屋敷墓になっており、
古い墓石が積み重ねられていた。
無縫塔(手前 むほうとう=僧侶の墓石)も見つけたので、
ひょっとしたら、寺院跡かもしれない。
B15031505
「お君塚」の背後に、護るが如く、
楠の古木が三本並んでいたのが、意味深だった。
(捨身 Canon G1X)

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