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2015年3月 4日 (水)

足柄山中の天狗棲む寺へ(4)

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生きながら「天狗」に変じ、山中へ身を隠した「相模坊道了」は、
大雄山・最乗寺の伽藍を守護する神となった。
「道了尊者」或いは「妙覚道了大権現」と呼ぶ。
(明治の神仏分離以降は「道了大薩埵」=だいさった)
彼を祀った「道了宮」(現・御真殿)が置かれ、江戸後期には、
現世利益の霊験所として人気を集めるに至る。
江戸出開帳も四度に及び、幾つもの講が組織された。
現在でも、奉納額を観ることが出来る。
鳶職、消防関係の講中が多いようだ。
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「先達」の名前も刻まれるが、もとより、最乗寺の禅僧ではなく、
独立した行者(山伏)だ。彼らが密教式の祈祷を持ち込み、
最乗寺独特の信仰形態=「道了信仰」が確立する。
寺格が高い曹洞宗の禅寺ながら、地場の信仰を受け入れ、
習合した経緯には、興味が尽きない。
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ついでながら、曹洞宗は民衆信仰に対して、適応力が高く、
「三大祈祷所」と称する寺は、全て共通する信仰形態をとる。
当所最乗寺始め、龍神信仰を奉ずる、山形・鶴岡の善宝寺、
豊川稲荷で知られる、愛知・豊川の妙巌寺などである。
現状、末寺一万四千と称するほどに、曹洞宗は発展したが、
その要因の一つに、それがあるかもしれない。
実際、中世前期までは、天台宗(修験道系)だった寺院が、
室町・戦国期を境に、曹洞宗へ宗旨替えをした例は、
各地で枚挙に暇がないのだ。
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道了が最乗寺造営中に掘り当てたと伝わる「金剛水」
「此の霊泉を飲む者、諸病癒すべし」と云う。
(捨身 Canon G1X)

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