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2015年3月 6日 (金)

足柄山中の天狗棲む寺へ(6)

B15030501

曹洞宗の禅寺、最乗寺としての「結界」は、既に参道の起点、

仁王門のところで、始まっていると考えられるから、

此処で重ねて、「結界」が張られるのは、

かなり異例な印象を受ける。
B15030502
斯界と異界を繋ぐ橋は、中央の「御供橋」(ごくうばし)と、
左右の「圓通橋」に分かたれ、参拝者は左右の橋を利用する。
中央は、神の通路であると同時に、
「御供式」と呼ぶ、特別な宗教儀礼の為に使われる。
即ち、開山了庵慧明禅師遷化の翌日、二十八日をもって、
道了尊者が生きながら「天狗」に変じ、山中へ身を隠した日、
「命日」と見做して、正月、五月、九月の同日に大祭を行う。
其の深更の浄闇を選び、一山の僧、挙げて潔斎後、
浄衣、白麻布の覆面姿、樒を口に含んで、行列を組み、
「御供橋」を渡り、「結界門」を通って「御供」を、
「大権現」の尊前へ捧げる。
「御供」の内容は、小豆糯米の赤飯だそうだ。
全ての作法は曹洞宗に無い、密教様式であると云う。
B15030503
何か、高野山の奥ノ院を彷彿とさせる儀式だが、
やはり「先達」を務めた山伏たちが持ち込んだものだろう。
だとすれば、そう古くは遡れず、どんなに早くとも戦国期、
せいぜい江戸中期以降と謂った感じか。
B15030504
「結界門」の両脇に立つ「天狗像」だ。
右はお馴染みの「鼻高天狗」 左は中世世界では主流だった、
トラディショナルな「烏天狗」である。
最乗寺で授与している「道了尊御姿」もそうなっているので、
後掲しよう。
(捨身 Canon G1X)

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