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2015年3月 7日 (土)

足柄山中の天狗棲む寺へ(7)

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「結界門」をくぐり、右手へ折れて、石段を登る。
もとより、これは序の口に過ぎない。
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壇上の「御真殿」元の「道了宮」だ。
「道了大権現」を本尊に祀る。
大雄山・最乗寺の、実質上の本堂と謂っていい。
「御供式」はこの堂内で行われるのだろう。
B15030603
最乗寺開山の経緯については、明治三十六年刊行の、
「妙覚道了大薩埵御縁起」によるところが多いようだ。
地元の伝承類を纏め、小史に仕立てたものだ。
それに拠ると、抑々「道了」は、足柄山中で禅定中の、
了庵慧明禅師前に、忽然と現れた「小坊主」であったと云う。
「道了」と呼ぶのも、禅師が名付けたからとも。
また、三人の翁が地主神の「飯沢神」「矢倉沢神」「箱根権現」
と名乗って、次々と示現、最乗寺の造営を助けたと記す。
いずれにしても、各地の霊験所の縁起譚を集め、
脚色したような内容になっているのは、止むを得まい。
明治のちょうどその頃、「道了信仰」は最盛期を迎え、
訪れる講中の人々で、門前の賑わいは大したものだった。
現在の伊豆箱根鉄道・大雄山線が敷かれた由縁でもある。
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講中が奉納したと想われる「道了大権現」尊像。
「天狗像」は境内の其処彼処に観られるが、容貌は様々だ。
これは丸顔系、一寸愛嬌があるな。
「道了大権現」は、伝承の中で「成長」と「習合」を繰り返し、
やがて、真の「仏」になって往く。
(捨身 Canon G1X)

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