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2015年3月 9日 (月)

足柄山中の天狗棲む寺へ(9)

B15030801

本当の「結界」の内へ入ったと謂えるのだろうか。

何か「空気」が一変したような感じだ。

最初の石段を登って、踊り場に着く。

B15030802

次の石段を登りながら、振り返ったところ。

B15030803

二つ目の踊り場で、参道は大きく折れ曲がり…

おっと、道の真中に巨大な「置石」(おきいし)がある。

各地の霊験所の中で、こういうのを観たのは初めてだ。

本来は「門」ではなく、この石で「結界」を示していたのだろう。

鎌倉の切通しなんかで、通行を障害する「置石」が観られるが、

あれは「軍事的」な意味合いで語られることが多い。

筆者は、その観方に否定的だ。

つまり「石」の霊力に拠って、境界地の道を護り「結界」を示す。

「置石」即ち「賽の神」「道祖神」ではないのか。

中世世界の怨霊や疫病神は、虚空を飛んで来るのではなく、

必ず「道」を通ってやって来るので、まず、塞ぐ必要があるのだ。

敵の軍勢はその次で、「軍事」は付随する目的に過ぎない。

翻って、この大雄山・最乗寺奥之院の場合はどうなのか。

B15030804

さらに近づいてみた。

大きい。1mX3mぐらいだろうか。

「結界」は「境界」であり、これはいい。

では、何を防ごうとしたのか。もとより人ではない。

怨霊、物の怪、厄病神、そう、生きながら天狗と化して、

「奥之院」に鎮まる「道了大権現」であろう。

(九尾狐を封じ込めた「殺生石」も想起させよう)

不用意に、寺や斯界の人々を戒めるために、

「小田原北条記」にある如く、暴れ出ては困るのだ。

「石」の大きさから、「道了」が如何に怖れられていたか、

実感を伴って、想い遣られるわけだ。

(捨身 Canon G1X)

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民俗」カテゴリの記事

コメント

道了という人物は土木に秀でた集団を率いていたということでしょうか。この地域は修験道が色濃く残っているところなんですね。山北のお峯入りの棒踊りなどがありますね。民衆と修験道、曹洞宗の在り方など勉強になります。

投稿: tae | 2015年3月 9日 (月) 20時18分

taeさま
仰る通りですね。その可能性が高いと想います。道了は実在の人物とされています。相模坊と名乗ったようですから、師の了庵禅師と同郷かもしれません。公式には曹洞宗は修験道との関りを否定していますが、現場では事実上習合しているわけで、民衆を利生する一種の「方便」として黙認しているのでしょう。でも、消極的とは謂えず、むしろ積極的なのが、とても面白いです。実際、山内では随時、法螺貝が「ぼーぼー」と鳴り響いていますよ。

投稿: kansuke | 2015年3月 9日 (月) 22時41分

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