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2015年4月 1日 (水)

足柄道を辿る(18)

B15033101

峠上の古道は、こんな感じで、足柄城の各曲輪を隔てる、
空堀と堀切の底を、縫うように通っている。
上掲は、小田原側「明神曲輪」と「山の神曲輪」間の古道。
この後、県道へ合流して、本丸直下に至るわけだ。
B15033102
本丸から足柄道は、御殿場側への下りになる。
その手前の「坂上」に、またもや巨石があった。
「新羅三郎義光吹笙之石」
(しんらさぶろうよしみつ すいしょうのいし)と呼び、
鎌倉中期の説話集「古今著聞集」所収の物語に因む。
源義家の弟、新羅三郎義光は、寛治元年(1087)
後三年の役に際し、兄の援軍として、奥州へ赴く。
その途中、足柄峠にて、都より後を追ってきた、
笙の師匠、豊原時元の子、時秋に笙の秘曲を授けた。
その場所が、この岩上であったと云うものだ。
B15033103
伝承のほうはともかく、
これは、毎度、お約束通りの「置石」(おきいし)遺構であろう。
疫病神、怨霊の侵入を防ぐために置かれた、
道祖神=賽の神である。
現在は路傍だが、往時は足柄道の路上真中に、
立ちはだかるように鎮座していたと想う。
B15033104
さて、とりあえず、今回の足柄峠の探索は此処までとして、
再び、麓の関本宿へ取って返そう。
未だ幾つか、とっておきのスポットが残っているのだ。
(捨身 Canon G1X)

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