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2015年4月 3日 (金)

足柄道を辿る(20)

B15040201

往時の関本宿へ、想いを馳せようとすれば、
宿の至る処に残る、石造物たちに頼るしかなさそうである。
当地は、石造物の宝庫らしく、
「石仏フリーク」にとっても、理想的なフィールドだろう。
路地裏で、今も丁重に守られている「宿の地蔵」を見つけた。
B15040202
「富士講碑」だ。
左は「浅間大菩薩」の神号を、右は富士登山「参十三度」
の大願成就を刻む。
富士講の先達たちには、登拝三十三度、あるいは五十度、
六十六度、八十八度を記念して碑を立てる風習があった。
盛んになったのは、文化文政(1818~30)頃から、
幕末、明治期までと云われる。
「大菩薩」号から推して、
遅くとも、明治の神仏分離以前のものか。
B15040203
足柄古道と重なる、県道78号をさらに進む。
なだらかな坂道が続くようになってきた。
右側の土手は市営グラウンドだ。
B15040204
この辺りに、古代坂本駅の駅舎が在ったと伝わる。
グラウンドの入り口に、案内板が立っていた。
(捨身 Canon G1X)

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