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2015年4月 4日 (土)

足柄道を辿る(21)

B15040301

そろそろ鄙びてきた足柄道だ。
徐々に標高も上がって、田圃と用水の中を進むようになる。
B15040302
「大門通り」と交わる角に、一寸した石塔群があった。
この辺りが、橋本宿の、足柄峠側の境界だったかもしれない。
観廻した限りでは、「筋替え」の痕跡は残っていないようだが、
おそらく、近隣の何処かに在ったと想う。
B15040303
様々な石塔が立っていて、興味深い。
碑文を判読してみよう。
B15040304
左は「浅間大神」 富士講碑でいい。
中央は「堅牢地神」(けんろうちしん)つまり「地神塔」だ。
「地神」とは、大地を司る「田の神」のような農業神である。
仏教では、十二天(梵天)の一つとも云う。
江戸の元禄頃から、農村の小字単位で、
「地神講」が組織され、明治期まで大いに流行った。
右は独特の異字体で難しいが「南無阿弥陀仏」の、
「名号塔」(みょうごうとう)だろうか。
もとより願主には「念仏講」が想定されるし、
これらの石塔の中では、最古の可能性がある。
右奥の二つは「双体道祖神」と、
「南無大師遍照金剛」と読めたから、
「弘法大師供養塔」らしい。やはり「大師講」が関る。
こういった一連の造塔は、「講中」の活動が盛んだった、
証左であり、やはり、指導する「先達」=山伏たちの存在が、
無視出来ないものになる。
(捨身 Canon G1X)

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