« 五日市宿の市神石(9) | トップページ | 五日市宿の市神石(11) »

2015年5月 6日 (水)

五日市宿の市神石(10)

B15050502

大悲願寺山門前に至る。
宗旨は真言宗豊山派、まぁ、端的に謂ってしまえば、山伏の寺だ。
建久二年(1191)頼朝の命で、武蔵七党の「西党」の一族、
船木田荘平山郷(現日野市平山)に棲んだ御家人、平山季重が、
創建したと伝わる。中世世界の、五日市宿を含む、
秋川渓谷一帯は、平山氏、小宮氏、小川氏、二宮氏といった、
「西党」の諸流の人々が領していたようだ。
B15050501
境内横で、無造作に積まれた石材群を観る。
伊奈宿の辺りは、中世世界のいつの頃からか、
石材の産地として知られていた。
この地名も、信濃の伊奈谷より移住した石工集団に因むらしい。
切り出される石材は「伊奈石」と呼ばれた。
先刻の「五輪坂」の石塔もそうである。
当地の石工たちは、各地の築城(八王子城足柄城、江戸城など)
や普請に動員されたと云われる。
石材の運び出しには、多摩川の水運が利用されたのだろうか。
B15050503
結界の内へ誘われる。
B15050504
華麗な彫刻が施された観音堂だ。
建立は、寛政六年(1794)だが、堂内に安置された、
阿弥陀、観音、勢至の三尊像は、平安末から鎌倉初期の優品で、
重文指定になっている。
(捨身 Canon G1X)

|

« 五日市宿の市神石(9) | トップページ | 五日市宿の市神石(11) »

民俗」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 五日市宿の市神石(9) | トップページ | 五日市宿の市神石(11) »