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2015年5月 7日 (木)

五日市宿の市神石(11)

B15050601

この大悲願寺、かつては「彼岸寺」とも呼ばれたようだが、
戦国史ファンの間では、話題のスポットになっているらしい。
人気の伊達正宗ゆかりの寺と云われているからだ。
何故、奥多摩の山寺と、奥州の独眼竜・正宗が繋がるのか。
その理由となる、よく知られた書状が伝わっている。
元和八年(1622)八月、秋川の鮎漁見物にことよせて、
当寺を訪れた、五十六歳の正宗が、庭に咲いていた、
白萩を気に入り、株分けを所望する内容だ。
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正宗の来訪には、別して目的があった。
当時、大悲願寺の住僧だった、末弟の秀雄に会うためである。
実は、その秀雄が、小田原攻め直前の天正十八年(1590)に、
実母の義姫と正宗の毒殺を謀ったとして、手打ちにされた、
同母弟の小次郎であったという、新説が賑わしているのだ。
つまり、正宗毒殺未遂事件は、ある意味、狂言であり、
小次郎は、正宗の暗黙の了解の下、秀雄に身を窶して、
生存していたと云うわけだ。
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わりと情況証拠が揃っているので、
この新説を、支持する人が増えていると聞く。
筆者も、面白いとは想うのだが、
残念ながら、やはり、直接証拠に欠くのが弱い。
(仮に事実としても)正宗にしてみれば、最高機密事項だから、
「沈黙」はやむ得まいか。
とまれ、すっきりしないのは確かで、
現時点では「保留」とするしかないだろう。
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さて、大悲願寺のもう一つの門(長屋門)を出て、
伊奈宿へ向かうとしよう。
(捨身 Canon G1X)

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