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2015年5月19日 (火)

五日市宿の市神石(23)

B15051801

「城山」の頂上に設置されていた山城の想像図だ。
大手道、出丸、本丸と、順路が大体把握出来る。
左が東側、五日市宿の方向になる。
宿からだと、本丸の峰に、出丸の尾根は隠れてしまう。
恰も、西方に立ちはだかる、独立峰のように観え、
ちょうど眼前で、秋川も遮られるように屈曲しているから、
峰自体が「神南備山=かむなびやま」(神体山)と、
捉えられていたかもしれない。
地名の「戸倉」は、渓谷に立てられた「戸」のような、
仏神の御座す「座=くら」(→倉)と、読めないこともなかろう。
B15051802
頂上、本丸の東端は、やはり「戸」を立てた如く、
切れ落ちた岩場になっていた。
しかし、これを下るのが、もう一本の東側の登山道なのだ。
一昨年の暮れに、骨折騒動を起こしているので、
此処は自重して、先程の大手道を戻ることにした。
仮に、登りはよくても、下降では、一寸でも、
感覚が鈍って居れば、怪我は必定だからだ。
B15051803
やれやれ、大手道の登山口に降りてきた。
B15051804
さて、この後、麓の一社、一寺を廻って、仕上げとしようか。
(捨身 Canon G1X)

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