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2015年6月24日 (水)

桐生へ(4)

B15062301

現存する「彦部家屋敷」の概要を示す。
中世世界の領主居館(南北朝~室町後期頃)の大概の条件は、
揃っているようだ。
屋敷は山裾のやや高みに立地し、後背地の山上に、
小規模ながら、山城「詰めの城」を有する。
方形状の敷地は、山側を除き、一重の土塁、空堀、
水掘、用水で囲まれ、さらに外周を親族、譜代家臣の、
屋敷、菩提寺が取り巻く。
後背の斜面には、水源の湧水と広大な竹林が付属、
西隅は、氏神と屋敷神が鎮座する聖域になっている。
「南面」する入り口「大手口」と主屋、
門前に領主直営「手作り地」の「前田」「門田」があり、
その前を古道(右端上下)が通る。
ほぼ、定石に適うと謂っていいだろう。
今まで、こういった例は、発掘調査で出てきた、
遺構をもとに、語らざるを得なかったわけだが、
今回は、全て稀有な、現存例であることが大きな違いなのだ。
B15062302
「長屋門」脇の通用口(門は上士訪問時などに使う)より、
来たりし方を振り返る。
B15062303
「長屋門」左側に廻らされた水掘。
屈曲しているのは、土塁上から「横矢掛かり」(側面攻撃)
をする工夫である。
「大手口」ならではの、堅固な構えだろうか。
B15062304
「長屋門」中より「大手道」を観る。
かつて、この道が使われたであろう、
屋敷の「晴れの場面」を想ってみたりした。
(捨身 Canon G1X)

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