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2015年6月 3日 (水)

小野路宿にて(7)

B15060201

武蔵国には、三つの「小野神社」がある。
あとは府中市内の小社だけれど、各々の由緒については、
ここでは詳しく触れない。
いずれも、古代の小野氏と中世の横山党に関るが、
現状では、伝説と憶測の「堂々巡り」を出られないからだ。
ただ、小野路宿の小野社の場合は、
当地の鎮守、あるいは氏神と看做していいと想う。
そこで、問題になるのが「小野路」の地名の由来だろうか。
話を江戸後期から、中世へ遡らせねばならぬが、
もとより、史料希少であるから、一寸厄介だな。
B15060202
小野社は、小野路宿の西側、尾根の突端に鎮座する。
斜面の裾を何段かに削平して、本殿と摂社が建つ。
鎮守、氏神の立地としては、まず穏当で、
中世世界から、祖霊が鎮まる場所だったとも考えられる。
本殿裏の稲荷社(上掲)より、南隣りの「万松寺谷戸」
(まんしょうじやと)を望む。
後ほど探索してみよう。
B15060203
本殿の正面から、小野路宿を見下ろしたところ。
宿全体がよく見渡せる。これも大事な条件の一つだろう。
手前の蔵は「小野路宿里山交流館」の「角屋」だ。
そうそう「小野路うどん」のことだ。
B15060204
多摩丘陵も、武蔵北西部一帯と同じく、
「うどん・粉食文化圏」に属するのは論を待たない。
各地での例に倣い、郷土食=うどんを試してみた。
上品な出汁、洗練された喉越しのいい細麺だった。
(捨身 Canon G1X)

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