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2015年7月 1日 (水)

桐生へ(11)

B15063001

鎌倉中期以降、彦根家の人々は幕府御家人、
或いは、足利氏の近臣として、京、鎌倉と東奔西走する。
室町幕府が落ち着くと、足利将軍や関東公方の側近、
「奉公衆」を代々務めるようになる。
その間、足利氏のために討死せし一族の者、多数に及ぶ。
既述のように、戦国期、当地へ土着した後、
程なく、家康の関東入府を迎える。
彦部家は「帰農」して「郷士」となる道を選び、
江戸期を通じて、地元の村名主職を世襲した。
近代に入ると、彦部家は江戸期より培ってきた、
絹織物業を生かし、屋敷内に織物工場を営んだ。
主屋の後ろに、その頃建て増した作業場が残る。
B15063002
作業場の内部。三つ並んだ竃は染色釜である。
前掲の写真に観える、煉瓦煙突はこの為のものだ。
江戸後期、彦部家は新しい黒染技法を習得するなど、
優れた染色技術を持っていた。
現在でも、草木染の実演が行われているそうだ。
B15063003
作業場の脇に、かつて「女工さん」が使った風呂があった。
一人が薪を焚き、一度に三、四人は入ったのだろうか。
まだ微かに、あの時代の空気が漂っているような気がした。
(捨身 Canon G1X)

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