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2015年7月 3日 (金)

桐生へ(13)

B15070201

「穀倉」の右手後方に、土塁への登り口がある。
いよいよ「彦部家屋敷」最大の観せ場である。
B15070202
「櫓台」に辿り着いた。
簡素な櫓が建っていたのだろうか。
B15070203
ちょうど角の部分が、ほぼ正確に北方を指向している。
その方向に、戦国期に桐生を治めた山城、
「杓子山城」(しゃくしやま)が「指呼の間」に認められると云う。
筆者は、よく指摘出来ないけれど、
おそらく、上掲の山々の中に、頂きが観えるのであろう。
桐生氏という一族が居たが、元亀四年(1573)に由良氏に、
入れ替わった。彦部家では、既に土着していた分家が、
一時臣属したらしいが、永禄三年に、京より下った本家は、
独立を貫き、緊張した時期もあったと考えられる。
(まさに、その為に築かれた防備と謂っていい)
彦部家の人々が、日々、この「櫓台」へ登り、
山城の動静を凝視していた様子が目に浮かぶようだ。
B15070204
現在の「櫓台」は、土塁だけでも、結構な高度感がある。
三階建ての屋上ぐらいだろうか。
櫓上であれば、六階建ての高さにはなる。
もとより眺望は、頗るよかったに違いない。
(捨身 Canon G1X)

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