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2015年7月27日 (月)

説経節「をぐり」を読む(22)

B15072601

涙ながらに、自らの夢見を語り、
小栗を引き留めようとする照手姫。
これが二人の永の別れ、否、波瀾万丈の道往きと、
邂逅の始まりとなるとは…
でも、夢は違わず、凶兆を示すものだった。
中世世界では、夢判じが盛んであった。
夢は予知夢であり、吉兆であるか、それとも凶兆であるか、
屡、解釈が重大な問題となった。
多くは、陰陽師や宿曜師が読み解きを担ったようだ。
そうそう、ついでながら、手照姫の夢の中で、
「逆さ鞍」「逆さ鐙」の馬に乗る小栗が出てきたが、
その意味するところを、突っ込んだ論考が見つからない。
凡そ、物事を「逆さ」に行うことが、死を連想させ、
忌み嫌われたのはよく解る。
案ずるに、死者を馬に乗せて送る際の、習俗であろうか。
或いは、馬に関る職能民の間で忌避された装いか。
今は、全く失われた習俗であるとすれば、興味深い。
さて、小栗と十人の殿原の最後の様子は、
彼らの葬送後のところから、読み継ぐことにしよう。
父横山殿は、鬼王(おにおう)鬼次(おにつぐ)と呼ぶ、
兄弟の家人を召し出し、申し付けるに、
「やあ兄弟よ。人の子を殺しておいて、我が子が無事であれば、
 都への外聞が悪い。
 ここは不憫だが、照手姫も、相模川のおりからが淵へ、
 重石を付けて、沈めて参れ!」
たとえ血を分けた親子兄弟の間でも殺し合う、
これも戦国の世の習い…と云ってしまえば、身も蓋もないが…
B15072602
(捨身 Canon S110)

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