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2015年8月27日 (木)

伊豆の国にて(12)

B15082601

韮山城の鎮守、熊野権現社だ。
明応九年(1500)銘の棟札により、勧請された年代が判り、
遅くとも、その頃までには、築城が成ったと考えられる。
北条早雲(伊勢宗瑞)は、篤く熊野を信仰していたのであろうか。
平場の奥、現在の社殿が建つ場所は一段高くなっており、
先程登ってきた小径を、真上から見下ろせるので、
櫓が設けられていた可能性がある。
B15082602
隣りの二の丸との間に残る掘り切り。
両側の斜面は土塁だ。
B15082603
木々に遮られているが、次第に西側の眺望も効いてきた。
出発地点の韮山駅方向だろうか。
もとより、山城の築城時には、樹木は全て切り払われ、
土塁や空濠などの、土の構造物が露わになっていたはずだ。
視界の確保もあるが、周囲に一目で、
城の存在を知らしめる、一種のアピールでもあったろう。
元来、中世世界で城を構えることは、
意図(領域支配の主張) 或いは決意(一揆や謀反)を、
表明する行為に他ならなかった。
中世の旅人たちは、街道上の所々に蟠踞する山城に、
常に、注意を払う必要に迫られたと想う。
各々の城下に待ち受ける、厄介な関所(関銭を取られる)を、
覚悟せねばならなかったからだ。
B15082604
二の丸へ向かう。
(捨身 Canon EOS M3)

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