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2015年8月18日 (火)

伊豆の国にて(3)

B15081701

韮山城西側の麓までやって来た。
一寸床しさを感じる集落だ。
この辺りの小字を「御座敷」と云い、
城主と家臣団の居館跡と考えられている。
現在は、高校と中学の敷地が占めるが、
発掘調査も行われ、戦国期の舶載陶磁片などが出土したようだ。
B15081702
山城の在る、低い尾根の南端を、
貫くように付けられた切通し道を進む。
南側から繋がる細い尾根を断ち切った形になっているので、
「掘り切り」の痕跡だろうか。
B15081703
切通しを抜け、山城の東側に出ると、
大きな用水池が広がっていた。
「城池」(前回投稿の地図参照)と呼ぶ。
戦時は水濠の役割を果し、平時は領民の灌漑の要を満たす。
中世後期の山城跡では、観ることが多い施設である。
谷戸奥の溜池と同じ構造らしく、
湧水を堰き止めて造られたのだろう。
(捨身 Canon EOS M3)

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