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2015年8月11日 (火)

説経節「をぐり」を読む(35)

B15080704

藤沢遊行寺のお上人たち「時衆」と別れた後も、
小栗を乗せた土車の道往きは続く。
往き遇うた人々が、次々と「檀那」となり、土車を引いた。
美保の松原、田子の浦、そして駿府、
大井川に小夜の中山、掛川宿、矢作宿、
三河に入って、彼の八つ橋(上掲)を、
「えいさらえい」と引き渡る。
しかし、車上の小栗は、
蘇生させられた際に、餓鬼の姿を与えられ、
剰え、「六根かたは」
(仏教で云うところの、人間の煩悩の基となる、
 目・耳・鼻・舌・身・意、六つ感覚が失われた)
の境界(きょうがい)へ墜とされたので、
自分の廻りで起きていることが一切判らない。
全ては、熊野本宮の湯の峰に辿り着ければ、
薬湯で治ると云う、閻魔大王の約定に懸っているわけだ。
B15080705
土車は熱田大明神(熱田神宮)前を過ぎた。
引手には、浄衣を着た、
「御師」と思しき神官たちも混じっている。
さあ、照手姫の居る美濃国・青墓の宿は目前である。
果して、邂逅はなるのか。
(捨身 Canon S110) 

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