« 伊豆の国にて(6) | トップページ | 伊豆の国にて(8) »

2015年8月22日 (土)

伊豆の国にて(7)

B15082105

清和源氏の一流として、平安末期に畿内より、
移住したとの、所伝を持つ江川家だけれど、
もとより、確証があるわけではない。
遅くとも、中世後期までには、
韮山で威勢を張る存在になっていたのであろう。
興味深いのは、代々熱心な日蓮宗徒であったことだ。
これも、所伝なのだが、
所謂「伊豆の法難」(弘長元年=1261)で、
伊豆へ流された日蓮を助けた支援者の中に、
江川家の人々もいた。
今も日蓮直筆と云う、題目を記した御符が、
主屋の屋根裏の棟札箱に納められている。
江川家が火難に遭っていないのは、
その霊験と、江戸期では広く信じられていたようだ。
日蓮宗との繋がりから、中世世界の江川家の、
どちらかと謂えば、武士的でなく、職人的、或いは商人的な、
性格が窺えるのではないだろうか。
そう謂えば、当家は「食」との関りが深いのだ。
主屋の土間には、幕末に当主の江川英龍が、
洋式の乾パンを試作した竃(上掲)が残っている。
B15082106
また江川家は、酒造の技術も相伝しており、
北条早雲(伊勢宗瑞)が「江川酒」(えがわざけ)と、
名付けた銘酒を小田原北条氏へ納めていた。
「江川酒」は、謙信や信長へ贈られ、
家康も贈答に使ったと云われる。
B15082101
さて、主屋を出ると、西側に米蔵(明治期)が観える。
次は、この裏の「搦め手口」だ。
(捨身 Canon EOS M3)

|

« 伊豆の国にて(6) | トップページ | 伊豆の国にて(8) »

歴史(中世史)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 伊豆の国にて(6) | トップページ | 伊豆の国にて(8) »