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2015年8月23日 (日)

伊豆の国にて(8)

B15082102

江川家住宅の北側の「裏門」だ。

ほぼ真北を向いており、門越しに富士を望めると聞く。

(もとより意図があってのことだろう。当日は雲多く観えず)

幕末の建築だが、こちらも部分的に中世の部材が、

使われているので、確認してみよう。

B15082103

両側の格子状の門扉である。

これが中世世界より、受け継がれた部材だ。

あちこちに穴が開いているのがお判りだろうか。

釘穴ではない。弾痕と矢痕だと云う。

B15082104

天正十八年(1590)秀吉の小田原攻めの際に、

前哨戦で、韮山城は真っ先に攻撃された。

江川邸も激しい攻防戦の舞台となり、

その痕跡が残っているわけだ。

邸内は「江川曲輪」(えがわぐるわ)とも呼ばれ、

韮山城の外郭を構成し、江川家が屋敷を構え、

防備も担当していた。

B15082107

「曲輪」であるから、桐生の彦部家のように、

周囲は、ぐるっと土塁と空堀で囲まれていたはずだ。

現在、外塀脇に、残滓が認められる程度だが、

公開されていない南側の尾根の麓に、

確かに、空堀と土塁の遺構が残っているそうだ。

危険個所になっているらしく、立ち入れないようだ。

(捨身 Canon EOS M3)

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