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2015年9月 4日 (金)

伊豆の国にて(20)

B15090301

「守山」の麓には、中世遺跡が集中している。
まず、願成就院を観たが、北上して左回りに探索してみよう。
次は「堀越公方御所跡」である。
享徳の乱(1455)で鎌倉を落去して、
古河へ移った足利成氏(古河公方)は、
京都の将軍と対立する。
対抗上、送り込まれた、関東公方候補が、
時の将軍義政の異母兄、足利政知だった。
しかし、彼は成氏側に阻まれて、鎌倉に入れず、
伊豆に留まり、当地に御所を構えた。
これを「堀越公方」と呼ぶ。
跡地には「御所之内」と云う、字名が残っており、
発掘調査も行われ、ほぼ確認されているようだ。
現在、敷地は埋め戻され、
史蹟として、整備を待っている状況らしい。
B15090302
気持ちのいい草原になっているが、
此処に、洛中洛外図屏風に描かれたような、
足利家の「御所」が建っていたのだ。
B15090303
対照的に「守山」側を振り返ると、荒れ果てた光景が広がる。
段状の地形が認められるから、
此方にも、何らかの建造物が在ったのだろう。
明応三年(1493)北条早雲(伊勢新九郎盛時=宗瑞)の、
伊豆侵攻に遭い、「堀越御所」は滅亡する。
小田原北条記に拠れば、焼き討ちを受けたとされるが、
焼土や焼けた陶片が出土しているので、
文献とも一致するわけだ。
B15090304
「堀越御所跡」の近くには、
「北条政子産湯の井戸」と云うのも残る。
そう、一方で「守山」は鎌倉北条氏の故郷でもあった。
(捨身 Canon EOS M3)

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