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2015年9月 5日 (土)

伊豆の国にて(21)

B15090401

「堀越公方御所跡」を過ぎ、「守山」の北端を廻って、
西側へ出ると、眼前を「狩野川」(かのがわ)が流れる。
天城山中に源を発し、伊豆半島を北上しながら、
沼津付近で駿河湾へそそぐ、一級河川だ。
古来、暴れ川として知られ、流路を頻繁に変えたようだ。
韮山から、河口までは僅か十六キロ、
近くに「河岸」(川湊)と云う字名も残っていて、
往時は水運が盛んであったことが窺える。
鎌倉北条氏が館を構えるにあたって、東側の下田街道、
宿と市庭、そして「狩野川」の水運は、外せない条件だったろう。
B15090402
「守山」側を振り返ると、まず榎の巨木が視界に入って来る。
大きく傾いて生える姿は、かつての水害の痕跡だろうか。
一方で「狩野川」を往き来する船の目印のために、
中世人が植えた可能性も捨てきれない。
B15090403
「守山」は、この辺りから大きく切れ込み、
恰も谷戸のような地形を呈する。
其処が、鎌倉北条氏の館跡である。
あの榎の巨木は、館の入り口を示す門標のようでもあり、
「守山」や、北条一族の秘密を観ていたのかもしれぬ。
彼の昔語りを聞きたや…なんて想ってみたりした。
(捨身 Canon EOS M3)

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