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2015年9月 7日 (月)

伊豆の国にて(23)

B15090504

元弘三年(1333)鎌倉北条氏は滅亡する。
一族の殆どの人々が、自害か討死を遂げる中、
残された寡婦や年少の子女たちは、
第十四代執権貞時の妻で、第十五代執権高時の母であった、
「円成尼」に率いられて、鎌倉を落ち、
一族の故郷、伊豆韮山に尼寺を建立、安住の地を求めた。
北条氏館跡から、重なるように、
その尼寺の遺跡が発見されている。
「円成寺」と云う。
後醍醐天皇や足利尊氏、直義兄弟は、
彼女たちに幾ばくかの、所領を安堵し、
北条氏の菩提を弔いながら、余生を送ることを許した。
尊氏は、妻の登子が北条一族の出身だったこともあり、
とりわけ懇ろに扶助したと想う。
だが、滅ぼした側にとっては、もっと懸念すべきことがあった。
怨霊のことである。
中世世界では、滅亡した氏族の舘跡に寺を建て、
直系の子孫に供養させることが、
理想的な怨霊封じの仕方なのであった。
B15090505
「円成尼」が死去(貞和五年=1345)すると、
尼寺は一時的に衰えるが、伊豆国守護、山内上杉氏によって、
再興され、上杉氏の女性たちが住持を務めたようだ。
最終的に廃絶したのは、戦国期に入ってからだろう。
B15090506
さて、四時間に満たない滞在だったが、
今回の伊豆の国、韮山の探索を終える。
新たな旅の友、EOS M3の使い心地はまぁまぁだった。
もとより、カメラは目立たないほうがいい。
………………………………………………………………………
*暫時休息を頂きます。ご容赦を…
(捨身 Canon EOS M3)

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