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2015年9月26日 (土)

鎌倉 二つの谷戸へ(7)

B15092501

「永福寺跡」からは、本堂の「二階堂」と、
左右の回廊で結ばれた、阿弥陀堂と薬師堂、
さらに池中に迫り出した両翼楼が発掘された。
広い苑池は、中之島と州浜、庭石を配し、
浄土式庭園を形成していた。
もとより、現在の池は、復元造成したものだ。
東側正面の山上(上掲)では、13世紀初頭の経塚遺跡も、
発見されている。
一寸目立つ山容なので、聖地として選ばれたのであろう。
ひょっとしたら、冬至の日出方向とも関るかもしれない。
頂上の、真東より上った朝日は、
朱塗り金色の「二階堂」を照り輝かしたのだろうか。
B15092502
「永福寺跡」の東側の山裾を「二階堂大路」が走っている。
この先、道は谷戸内に設けられた「釘貫役所」(=木戸)
を抜けて、山中へ入って往く。
その後、武蔵国六浦荘を経て、南関東を北上し、
最終的には「奥大道」(奥州道)と接続するわけだ。
B15092503
道脇を流れる「二階堂川」の水音が聞こえてくる。
谷戸奥の湧水を源にするのだろうが、水量は豊かだ。
B15092504
「永福寺跡」前の岐路に戻ってきた。
左は「二階堂大路」右が「瑞泉寺」へ至る道だ。
ついでながら、その寺は未だ往ったことがない。
右の道を辿ってみようか。
(捨身 Canon EOS M3)

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