« 鎌倉 二つの谷戸へ(7) | トップページ | 鎌倉 二つの谷戸へ(9) »

2015年9月27日 (日)

鎌倉 二つの谷戸へ(8)

B15092601

永福寺跡前の岐路、二階堂川に架かる橋を「通玄橋」と云う。
そのたもとに、近代のものだろうが、道標が立つ。
正面「通玄橋」
左面「左 横浜及本郷道」
右面「右 紅葉谿瑞泉寺道」(もみじがやつ ずいせんじみち)
と読めた。
左手の道は、既述の如く、中世世界の「二階堂大路」であり、
南関東を北上して「奥大道」へ接続するから、
往き先としては、ほぼ正しい。
右手の道は「瑞泉寺」に至る参道で、
「紅葉谿」(=紅葉ヶ谷)とは、この辺りの谷戸名だ。
ついでながら「~みち」と云うのは、
近世後期の寺社参詣ブーム以降に、定着した呼び方だろう。
B15092602
暫く谷戸奥を詰めて往くと「荏柄天神社御旅所」があった。
神輿が此処まで来るらしい。
B15092603
寺門が観えてくる。
「錦屏山・瑞泉寺」
「紅葉ヶ谷」に因むわけか。
B15092604
鬱蒼とした林間へ入り込んだ。
(捨身 Canon EOS M3)

|

« 鎌倉 二つの谷戸へ(7) | トップページ | 鎌倉 二つの谷戸へ(9) »

歴史(中世史)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 鎌倉 二つの谷戸へ(7) | トップページ | 鎌倉 二つの谷戸へ(9) »