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2015年10月 1日 (木)

鎌倉 二つの谷戸へ(12)

B15093001

「大御堂橋」より滑川の上流方向を観る。
朝比奈峠山中に発するこの川は、
鎌倉の町の基準線を構成すると謂ってもいい。
もとより大河ではないが、水量は豊かだ。
B15093002
橋を振り返ったところ。
先刻の大御堂橋信号が観える。
朝比奈峠を下り、鎌倉に入った六浦道は、
ほぼ滑川に沿って、走っているわけだ。
B15093003
「大御堂橋」を渡ると「文覚上人屋敷跡」の碑が立つ。
文覚は、頼朝と伊豆の流人時代以来の昵懇で、
荒武者上がりの僧、と云うより無乃、修験者である。
学が無い上に、酷く怪しげな宗教者にも拘らず、
加持祈祷の威力は、文句無しだった。
だが、見掛けの粗暴さに反して、義理人情に篤い面を持ち、
何とも憎めない男でもあったのだろう。
あの平家物語の、頼朝に挙兵を勧めるくだりは、
創作にしても、世上そうだったと信じさせるに足る、
十分な経緯があったのではと想う。
大倉御所最寄りの当地に、宿所を構えたと、
伝わっているのは、不思議ではないのだ。
鎌倉草創に、深く関ったキイパースンの一人と考えたい。
B15093004
「勝長寿院跡」の谷戸へ続く小径が現れた。
(捨身 Canon EOS M3)

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