« 伊豆の国にて…つけたりとして(4) | トップページ | 伊豆の国にて…つけたりとして(6) »

2015年10月17日 (土)

伊豆の国にて…つけたりとして(5)

B15101601

ここで「三福熊野社・種蒔三番叟」の由緒に触れておこう。
歴史は、慶長年間(1596~1615)に遡ると考えられている。
家康の懐刀と云われ、初期の徳川政権で、
各地の広大な直轄領や、金銀山の経営に、
辣腕を振るった、大久保長安(ながやす)
彼が伊豆奉行に補任された際に、
当国の各社へ「三番叟」を奉納したのが始まりと伝わる。
B15101602
長安の本姓は「秦氏」で、
大和(奈良)猿楽、金春流直系の大蔵大夫家の出身だった。
父信安は、戦国期に諸国を流浪後、
甲斐の武田信玄に能楽師として仕えた。
次男の長安も、経理の才を認められ、
信玄に取立てられるが、程なく武田家は滅亡、
家康に拾われて、異例の立身を遂げるのである。
もとより、猿楽能の素養はプロと変わらないから、
彼方此方で、技を伝授することもあったらしい。
金山開発で赴任した佐渡では、
今でも、長安由来を称する、村々の演能が伝承されている。
B15101603
さて「地方」(じかた)も準備が整ったようだ。
大鼓、小鼓、笛(能管)が並べられる。
B15101604
着座した「翁大夫」と「黒式尉」「千代」
マイクの位置を直し、最後の身繕いを済ます。
何とも、晴れ晴れとした表情がいい。
(捨身 Canon EOS M3)

|

« 伊豆の国にて…つけたりとして(4) | トップページ | 伊豆の国にて…つけたりとして(6) »

民俗」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 伊豆の国にて…つけたりとして(4) | トップページ | 伊豆の国にて…つけたりとして(6) »