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2015年12月 7日 (月)

説経節「をぐり」を読む(41)

B15120501

すっかり回復した小栗は、
熊野三山(本宮、新宮、那智)の巡礼へ出る。
その様をご覧じた熊野権現、
「あの小栗の如き大剛の者にこそ、
 金剛杖を買って貰わねばなるまい」と、
「山人」(杣人)に変化して、声を掛けた。
「そこの巡礼者の方よ、熊野へ参ったからには、
 その証しに、金剛杖を求めることになって居る。
 この金剛杖をお買いなさい」
「それがしは、餓鬼阿弥と呼ばれ、東海道七国を、
 土車に乗せられ、引かれたことを無念と覚ゆるに、
 さらに金剛杖を買えとは、何かの呪詛であろうよ」
と小栗はそっけない。
権現は「然に非ず。金剛杖はご辺の身を護り、
 運を開くもの。持ち合わせが無いなら、
 ただで取らせよう」と、二本の金剛杖を置いて、
かき消すように観えなくなった。
「さては有り難き、権現様であったか」
小栗は、三度礼拝して、金剛杖を一突きし、
勇躍都を目指したのだった。
「をぐり」の絵巻では、独立した場面として描いていないが、
強いて謂えば、前回の三枚目で、湯より上がった小栗に、
声を掛けている、金剛杖を持ち、腰蓑を付けた男が、
権現なのであろうか。
熊野権現は「山伏」の姿で化現することが多いようだ。
上掲は、一遍に神託する有名なシーンを、
聖絵より写した、桃山期の「熊野成道図」だ。
「山伏」と「山人」は山繋がりで、もとよりお仲間であるから、
両者に変化しても、意外感はなかろう。
それにしても、金剛杖を「売りつける」熊野権現とは、
商売熱心な神なのだ。
物語の前半に登場する「連雀商人」(後藤左衛門)には、
熊野修験や御師を出自にする者が多かったと云われるが、
やはり、深い関りが窺えて面白い。

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