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2015年12月30日 (水)

説経節「をぐり」を読む(47)

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小栗の毒殺を命じた横山殿は、娘照手の取り成しで、

どうにか復讐を免れることが出来た。

「をぐり」が盛んに語られ、世が収まり、規範が固まってくる、

江戸初期の空気を反映したものか。

戦国真っ直中の頃ならば、子が親を、親が子と云うのは、

半ば公然のことであった。若き武田信玄は、実父を放逐し、

後年、今度は嫡子の反逆に遭い、自害へ追い込んだ。

類似の例も少なくあるまい。

だが、父横山殿に小栗の毒殺を入れ知恵した三男三郎は、

罪を免れず、莚に巻かれて、西の海へ投げ込まれた。

「簀巻」(すまき)或いは「ふしづけ」と呼ばれ、

謡曲「鵜飼」にも出てくる、中世世界ではよく行われた刑罰である。

さらに、照手を虐め、人買い商人に売り払った、

「ゆきとせが浦の姥」には、もっと悲惨な末路が待っていた。

峠や津、街道筋で、肩から下を埋め、

通行人に竹鋸で首を引かせる「鋸引き」だ。

信長を狙撃した「杉谷善住坊」が処せられたことでも知られる。

斯くて「仇は仇で」報いられたわけだ。

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