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2016年6月 1日 (水)

出光美術館で伴大納言絵詞中巻を観る

B16053101
前回、当館で伴大納言絵詞を観たのは、何年前だったか。
おそらく、十年近くは経っているだろう。
当時は、絵巻の痛みが気になり、
てっきり、次回展示は無いものと想っていた。
でも、今回、開館五十周年記念の特別公開で、
再会出来たのは、まったく同慶の至りである。
この間、修復が進んだみたいで、
絵巻の状態が大分鑑賞に堪えるものになったのもいい。
全三巻を順次展示しているが、今日は以前より注目していた、
「中巻」のある場面を確かめて来た。
応天門放火の罪を着せられ、「天道」(仏神)へ無実を訴える、
「左大臣源信」(みなもとのまこと)とされる部分だ。
解説もそうなっているが、何だか説得力不足で、
「定説」とまでは謂えまい。
伴大納言絵詞は、長年の間に切り取られたりした可能性が高く、
各場面と詞書が「錯簡」(さっかん=繋ぎ間違い)で、
物語の筋立てや、登場人物の特定が難くなっているからだ。
筆者は、中世史家の黒田日出男氏の指摘のほうに強く惹かれる。
画中の人物が源信であることは正しいが、
「庭中」(ていちゅう)と云って、裁定を不服として、
所謂、直訴を試みる姿を描いているのではないかと言うのだ。
「庭中」が行われるのは、文字通り、御所の「庭」であり、
場面設定も、中世世界の作法に合っているようにみえる。
果たして、本当のところはどうなのだろう?
B16053102
(捨身 Canon S110)

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