歴史(現代史)

2011年8月 2日 (火)

本郷の木造三階建下宿館

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有名な本郷の、木造三階建下宿館が取り壊されると云う。

明治38年(1905)建立(築106年) 震災や空襲をくぐり抜けてきた、

まさに現代史の証人と言ってもよい存在だった。

実際、都内では、この時代の建築物は殆ど残っていないだろう。

一方で、大正建築の代官山の某宅が重文指定を受けているのに、

こちらが価値を認められなかったのは何故なのか。

もとより、納得がいかぬし、残念な仕儀である。

歴史的な遺物を大事にしないのは、

この国の救い難い悪癖であろうな。

写真は2007年11月16日、

遺構の前で佇む写真家・田中長徳氏。

当ブログを始めたばかりの頃だ。

(写真 GX100)

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2010年11月25日 (木)

11月の砲声

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このところ、朝日の夕刊に連載されている、

「ニッポン 人・脈・記 語り継ぐ戦場」は、

各界の人々の、父、祖父の戦場体験をもっと、

聞き、語り合うべきだったという、慙愧の想いを取材していた。

筆者の場合も、幼少期から少年期にかけて、

比較的、父親の話を聞く機会に恵まれてはいたけれど、

やはり、全然聞き足りなかったという思いはどうしても残る。

そこに、休日の夕方をさざめかせた、時ならぬ半島の砲声である。

ミサイルではなく、クラシックな野砲だったこともあり、

旧陸軍の砲兵中尉だった父親が詳細に、少年の筆者に語った、

「15㎝榴弾砲射撃の次第」を甦えらせた。

そのせいなのか、一連の砲の、

照準法、弾道や射程、砲弾の威力が、

妙に生々しくイメージ出来るようなのだ。

(写真 CX3)

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2010年3月 8日 (月)

「幽霊と語る」

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加藤周一ドキュメンタリー映画

「しかし それだけではない。加藤周一 幽霊と語る」

を観る。週末とあって入りもまあまあだった。

一昨年末に死去した加藤周一氏の最晩年の日々を、

遺された最期のメッセージとともに、死者(幽霊)たちへの、

追慕と対話を通して描いたドキュメンタリーだ。

反戦を貫いた恩師たち、学徒出陣した友人、

そして、戦時中の明日をも知れぬ自らの運命に共通性を見出した、

鎌倉期の歌人源実朝と、時空を超えての問いかけは、

これも戦時に観たという世阿弥の夢幻能のかたち、

(シテの死者が死後の視点から、その生きた時間と想いを、

 回想形式で語り演じる)に対比される。

氏は、幽霊たちはもう、決して姿や意見が変わることがなく、

その視点は「今=ここ」にあり続けるのだと説く。

昨年にNHKで放送された生前最期のインタヴューと、

現代の学生たちへ「老人との連帯」を勧める講演も含む。

(写真 CX2)

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2009年12月11日 (金)

その前夜(2)

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子供の頃から、

父親の戦前の話、戦争中の話などをよく聞いていた。

今思えば、沢山のストーリーがあったのかもしれないけど、

それらをきちんと系統立てて記録したことはない。

父親の晩年は介護に追われ、いけないとは思いつつも、

時間だけはあっという間に過ぎ行き、

果たせないままになってしまった。

せめて、思い出すままではあるが、

このブログで折に触れて綴っていきたい。

一昨日、父親は砲兵に配属されたと書いたが、

それは三島に駐屯していた旧陸軍野戦重砲兵連隊である。

二つの連隊があり、そのどちらかであった。

その頃のかなり立派な連隊の記念アルバムがあったから、

(今でも倉庫のどこかに埋もれているはずだ。カーキ色の布表紙で、

 金色の星がエンボスで打ってあった)

それを見ればわかるだろう。

美術学校の研究科から徴兵されて入隊し、幹部候補生になって、

開戦直前に、連隊が出征していた中国大陸南部に派遣される。

小学生の筆者に父親は、

そもそも野戦重砲とは何かと、かなり詳しく教えてくれていた。

父親が扱っていたのは、15㎝榴弾砲という。

旧陸軍が野戦用に装備していた移動可能な最大級の砲だった。

所属も通常の連隊や師団ではなく、軍直轄の独立部隊であり、

それなりに誇りも高かったらしい。

作戦の必要に応じて前線に配置されるので、

開戦後、中国大陸から直ぐに南方に差し向けられ、

大変な激戦地を転々とすることとなった。

しかし、開戦前の中国大陸でも、

部隊は、ある重大な極秘任務に従事していた…

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PR400) 

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2009年12月 9日 (水)

その前夜(1)

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太平洋戦争の始まった日。

その日に何を思ったか、父親に聞いたことがある。

(3/15 投稿 「勝てないことは判っていた」 参照) 

…父親は美術学校の研究科(修士課程にあたる)在学中に、

徴兵猶予を解かれて入隊した。

砲兵に配属され、ほどなく幹部に選抜されて教育を受ける。

見習い将校として中国大陸南部の前線に送られて間もない頃、

ある晩、部隊の将校だけが集められ、

上官から密かに告げられたという。

「明日、米英と開戦する」

今、使用している砲はボロボロだが、

新しいものが受け取れるのかと質問すると、

否、このままでやるとの答えに、一同沈黙するのみ。

学生から召集された者が多かったから、各々宿舎に帰りながら、

「一体、俺たちはどうなるんだ」と囁き合い、

絶望的な気持ちになった…

それが、5年に及ぶ地を這うような日々の始まりだったと。

(写真 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 PR400)

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2009年12月 5日 (土)

甘口のワインのように…

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スペシャル大河ドラマというわけで「坂の上の雲」が始まっている。

そこで、書棚の底を浚って、

昔読んだはずの文庫本を探すが見つからず。

そういえば、8巻のうち数巻を読んで止め、

古本屋に出したのを思い出した。

あたかも、口当たりのいい甘口のワインのように、

この小説はあまりに調子よく読めるから、

これはきりが無いと思ったからだ。

貧しかったけれども夢を目指し、活気に溢れたまっとうな時代。

そんな明治という、時代把握にも馴染めなかった。

この時代の実相と暗く悲惨な側面(大逆事件等々の)は、

どうなのだろうかと…

今時、金をかけた今回のTVドラマは出だしからありきたり。

BBCのような、要所に専門の研究者をコメンティターに起用する、

実証的なドキュメンタリー・ドラマに仕立てたほうがよかった。

唯一、期待するのは正岡子規の描き方と時代考証のみ。

(写真 CX1)

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2009年8月13日 (木)

キャパのカメラ

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一昨日、昨日とBSで「D DAY 6.6.44 ノルマンディー上陸作戦」

という、BBCが製作したドキュメンタリーを視る。

生存者の証言をもとにした再現ドラマがよく出来ていて面白かった。

全て実在の人物が登場する実話である。

ドイツ軍の捕虜になったユダヤ系のイギリス空挺隊員が、

ロンメル将軍に直接尋問され、ナチ批判を吹っかけて怒らせるが、

それでも捕虜は丁重に扱ったという話。

海岸のトーチカに独り残されて、機関銃を7時間も打ち続けた、

18才のドイツ軍兵士の話等々…

今までの映画では語られることが少なかった、

敵味方、ひとりひとりの兵士の生々しい物語が溢れている。

製作されたのは、ちょうど作戦60周年の2004年。

生存者へのインタヴューも最後の機会になるだろうから、

製作者側の執念は相当なものだったはずで、

それが十分に伝わってくる。

当時の上司が証言する、ロバート・キャパも出てくるが、

再現ドラマのキャパが、オマハビーチの飛び交う銃弾の中で、

手にしていたカメラは「コンタックス」のように見えた。

実物のドイツ軍戦車を走らすなど、

このドキュメンタリーの時代考証は凄いのだが、

果たして、キャパのカメラは正しいのかどうか、

筆者にはわからないのだけれども…

(写真 CX1)

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2009年8月11日 (火)

無責任

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明朝、台風接近とか。

道理で蒸し暑い一日。

昨晩のNスペ。

久しぶりに、現代史の裏面をあぶりだすのに成功していた。

かつての海軍の幹部たちの述懐に、

テクノクラートの無責任の極致を見せる。

2.26事件のような陸軍の内乱の再来と権力の奪取を恐れるあまり、

対米戦争を誘導し、海軍の優位を狙ったという視点は、

興味深かった。

確かに、陸軍の暴走だけではこのようになるまい。

ただ、最後の記者のコメントだけはいただけなかった。

現代史における、この国の大失敗を、

ひとりひとりの国民の責任に帰するのは大間違いである。

あの時代は、国民は主権者であろうはずもなく、

政党政治も、まともに機能していなかった。

歴史は、ある意図を持った個人、あるいは集団によって、

形作られていく。

歴史の責任というものは(意外と)はっきりしているのだ。

(写真 CX1)

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2009年6月13日 (土)

70年では…

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これも朝日月曜夕刊からのシリーズ。

「ノモンハンの記憶 『事件』から70年」を読む。

現代史上の極めて重要な「事件」にもかかわらず、

70年が経ち、記録や検証もまったく不十分なままだ。

調査団との同行取材と、

生存者へのインタヴューからなるレポートだけど、

すでに関係者の多くが物故しているから、

難しいこともあったに違いない。

せめて、60年でもっと徹底した検証があってもよかったと…

これで思い出すのが、ドイツの放送局が製作した、

「スターリングラード60周年」のドキュメンタリーである。

60年の段階で生存者がいなくなるのを考慮して、

出来うる限りのインタヴューと証言、検証がなされていた。

そこには、世代を超えた、

辛い史実から目をそらさず、正面から向かい合おうとする、

真摯な想いが十分に伝わってきたものだ。

歴史と対峙する姿勢の違いが際立つ。

歴史に心地のよい「ファンタジー」や「ミステリー」しか、

見ようとしない人々は惨めな失敗を繰り返すしかない。

(写真 CX1)

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2009年5月23日 (土)

何も見ず何も学ばず

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5月下旬、大気もどこか湿気を孕む。

新型インフルに繰り返されるパニックを嗤う。

この国の人々は、

歴史から、何も見ず何も学ばずなのか。

いくら世の歴史好きが「戦国ブーム」とか騒いでも、

何かはせむである。

歴史は口当たりのよいファンタジーやミステリーであろうはずもなく、

史実はあくまでも激辛なのだ。

朝日、火曜夕刊からのシリーズ「大逆事件残照」を読む。

同事件で刑死した和歌山新宮出身の医師、

大石誠之助に関心を持つ。

(写真 CX1)

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